5/10の禅語
賊是家親 ぞくはこれかしん
盗人を捕まえてみれば吾が子であった。
煩悩は外にあるのではなく元来己が心にあるもの也。ここでは、自分の子と言うより、心に潜む別の自分を自覚して、油断せぬようにすべきである。あっという間に、魔にとりつかれてしまう。用心用心。

5/9の禅語
随所作主  ずいしょにしゅとなす
如何なる環境にあっても主体性を失わず、他の束縛を受けない自由さを持つこと。

5/8の禅語
葵花向日 きか ひにむかう
葵花とはひまわりの花である。雑念をまじえず物事に専念する。

5/7の禅語
家貧道富  いえ まずしゅうして みちとむ
金持ち裕福のものは、なかなか求める道にたどり着かないもので、貧者のものの方が進んだ道を得る確率が最も高い。
ハングリー精神が近頃みんな不足気味である。

5/6の禅語
雲遊萍寄 うんゆうひょうき
萍は水草の事で空ゆく雲の如し、流れに浮く水草のように、一所に定めず悠々の行脚すること。
無念無心の教外である。

5/5の禅語
雨洗風磨 雨に洗い風に磨く
色々の出来事に耐えてこそ 本来の修行である。

5/4の禅語
隠而彌露  隠せば彌(いよいよ)あらわれる。
隠そうとすれば却ってあらわれてしまう。

5/3の禅語
一行三昧 いちぎょうざんまい
心を一行に集中して雑念をおこさないで一つの事を専心没頭する事。座禅もこの域でしなければならない。

5/2の禅語
闇室蔵燈  あんしつに ともしびをかくす
隠そうとしても隠しきれない。
人生とは そうしたもので、生きることは明 死ぬことは暗  暗いところに隠そうとしても生きているのだから隠すことはできないのである。それなら、正々堂々と誠実に生きることである。

5月1日の禅語
壓良為賤 りょうをあっしてせんとなす
良きものを悪しきといい 善悪の区別のわからぬたわけ者である。